![]() by optimista-diary 以前の記事
2009年 11月
2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 エキサイトブログ
最新のコメント
|
高橋美穂子さん 第2回
n:ロルフィングと出会うきっかけはなんですか。 m:もともとはOLだったんです。その頃は2週間に一度は整体に通わないとだめなくらい肩とか腰とか首とか、ぼろぼろだったんです。 あるとき父が大きな怪我をしたので会社を辞めて実家に戻らなければならなくなったんです。電車で転んで、頸椎を損傷してしまって。誰のせいでもないんですよ。たまたま打ちどころが悪くて。 だんだん、少しずついろいろな機能が低下してきて、最終的には多臓器不全で亡くなったんですけど、亡くなる2日前までは意識がはっきりしていて、声は出なかったけれど意思の疎通はできたんです。 わたしはそばにいて何もできなかった。何もしてあげられませんでした。 例えば、人って、起き上がるときに血管が締まって頭の血液がぜんぶ下に降りないようになってるんですよ。 n:そうか。考えたことなかった。そういう機能がないと起き上がったときに血液はぜんぶ下がっちゃうんですね。 m:わたしも考えたことありませんでした。 父を起こしたら顔から血の気がさーっと引いて。 だから窓の外を見せてあげることもできませんでした。 そのときに、人が生きてるってすごいことなんだなって思ったんです。普段いろいろな機能があることを意識せずに使っているけど、ものすごくたくさんのことが絡み合って生きているんです。 父も、目が見えなくなったり声が出せなくなったりしたけれど、息を引き取るまで、ちゃんと生きていた。 父の四十九日がすんで、何か仕事をしなければと思っていたときに、OL時代に通っていた整骨院の先生が声を掛けてくださって、そこで3年くらいアルバイトしていたんです。 女性の先生だったんですけど、パワフルでカリスマ性がある人でした。わたしも体調が悪いときは2週間に一度通っていたわけですけど、他にも20年毎週通っているような方もいらして、この先生がいなくなったらこの方はどうなるんだろうと思ったんです。 もしかしたら体って、その人自身が持っているものってたぶんあって、きっかけさえあれば引き出せるんじゃないかって思うようになったんです。それでいろいろ調べたりしているうちにロルフィングと出会ったんです。 出会った頃は自分がロルファーになるとは思ってなかったです。なれると思わなかった。 n:その整骨院で「クライアント自身が自立していかなくちゃいけないんじゃないか」という疑問を持っていたわけですよね。相手に「この人なしではいられない」と思わせてはいけないと。 m:私がもしなにか身体についての施術をしていくとしたら、クライアント自身が自立していける手助けになれるようなものができたらと思っていました。 ロルフィングは「終わり」があるところが良いと思ったんです。10回のセッションが終わったあと、人にもよりますが、最低1年は来なくて大丈夫ですとお伝えします。身体が1年くらいかけて変化していくので。その人の以前の癖が出てくることはあるので、それをちょっと整えたりすることはしますけど、軸はもうできてますから。10回のセッションで終わるし、1回ごとのセッションにもしっかりと「終わり」があって、日常生活の中で変化を持続できるようにするというところが良いと思うんです。 (つづく) by optimista-diary | 2009-07-08 08:04 | Comments(0)
|